デス・オーバチュア
第175話「闇の狩人鳥(ダークテイカー)」




それは漆黒の鳥、けれどその鳥は鴉ではなく鷹だった。
「今日の所はここまでにしておいてあげる〜。行きましょう、ホー……」
「キッ」
巨大な漆黒の大鷹はいきなり、マリアルィーゼをポイッと物のように投げ捨てる。
「えっ? きゃあああっ!」
マリアは一つの大木の上に叩きつけられた。
そのまま木の枝に絡むようにして停止する。
「キキッ♪」
笑った、鷹は明らかに嘲笑っていた。
まるで人間のように、恐ろしく表情豊かな鳥である。
「……貴方はそこで見ていなさい? ちょっと、ホークロード!?」
マリアはまるで鷹の言葉が解るように、その鳴き声に反応していた。
「キーキーッ!」
漆黒の大鷹が凄まじいスピードで地上へと急降下する。
地上に激突する直前、鷹の左足の足輪に埋め込まれた宝石が血のように赤く輝き出し、赤き閃光が大鷹を包み込んだ。
「うふふっ、せっかく遊びに来ましたのに、何もせずに帰れるわけがありませんわ」
赤い閃光が晴れると、十五歳ぐらいの漆黒の少女が姿を現す。
黒髪のストレートロング、黒のケープコート、黒タイツ、黒のロングブーツに手袋……見事なまでに黒ずくめだった。
黒でないのは首から上の肌色以外では、四つの赤。
両目、左足のブーツに埋め込まれた宝石、そして、後頭部で蝶結びされている大きなリボン……この四つだけが血のような赤色だった。
「また、ザヴェーラ兄上の手の者か……?」
「初めまして。わたくし、闇の三魔族が一人、闇鳥(ダークバード)のホークロードと申します。宜しくお見知り置きくださいませ」
ホークロードは、ノワールに深々と頭を下げる。
「ホークロード……ロード? 神? 君主? 卿? それは名前じゃなく称号じゃないのか?」
「ええ、鷹の王だとでもお思いください。生まれた時に与えられた個体を識別するための名など疾うの昔に忘れてしまいましたので、今はこの称号がわたくしの名なのですわ」
ホークロードは常にとても上品で穏やかで好意的な笑みを浮かべていた。
「ではでは、選手交代(メンバーチェンジ)といったところで……少しわたくしとも遊んでいただけますか、ノワール様?」
「ええ、別にいいわ。ノワール、相手をしてあげなさい」
ノワールの代わりにフローライトがメンバーチェンジを認めてしまう。
「また、勝手に……」
ノワールは不満を露わにするが、承諾を取り消させようとはしなかった。
「有り難うございます。では……」
ホークロードは両手を翼のように広げると、両手首を一度振る。
すると、手品のように、彼女の両手にそれぞれ草刈り用の短い柄の鎌……つまり、普通の鎌が握られていた。
色は柄だけでなく刃さえ見事な漆黒である。
「失礼いたします」
ホークロードは一瞬でノワールの背後に移動すると、両手の鎌をノワールの首を狙って振り下ろした。



「つっ!」
ノワールは首を刎ねられる直前、前方へと跳躍した。
そして、振り向きざま、幻剣を……。
放とうとしたが、すでにホークロードの姿はなかった。
「御免遊ばせ」
再び背後からの声。
「ちっ!」
鈍い金属音が響いた。
着地したノワールは、両手に剣でも持っているかのよう広げている。
ホークロードも同じようなポーズで停止していた。
「あらら〜、透明な剣ですか?……少し厄介ですね」
ホークロードの両手の鎌が見えない何かを押しやろうとする。
「ふん、常に背後から斬りかかるのが君の殺り方か……?」
「あらあら、鎌や大鎌で正面から斬り合いする方がどうかしていますわ。鎌は剣と違って斬り合うためのものではなく、刈るもの、刎ねるための道具ですのよ」
ホークロードはもっともな、だがなぜか言ってはいけない気がする発言をした。
「確かに常識で考えればそうだ……ねっ!」
ノワールは不可視な剣で、ホークロードの鎌と鍔迫り合いをしながら、幻剣の豪雨を正面に放射する。
「はっ!」
ホークロードはあっさりと鎌を引き戻し、空高く跳躍して幻剣の豪雨から逃れた。
「せいっ!」
ホークロードは遙か上空から、左手の鎌を地上のノワールへと投げつける。
鎌は高速回転して円形の刃と化し、不可思議な軌道を描いてノワールへと迫った。
「くだらない!」
確かに、不可視の剣で叩き落とすには捉えにくい軌道だが、それならそれで幻剣の豪雨を広範囲に放って撃ち落とせばいいだけである。
「落ち……」
幻剣を放とうとした瞬間、背後に気配が生まれた。
その瞬間、迫る円形の刃の向こう側に居るはずのホークロードの姿が消えていることに気づく。
「ちっ!」
投擲された鎌は注意を引くための囮、本当の狙いは残ったもう一本の鎌で背後からノワールを切り捨てることだ。
かといって、背後からの一撃を逃れるために、跳躍しようものなら、飛来する鎌に自分から飛び込むことになってしまう。
剣でどちらかを受け止めても、残った鎌で切られる、両方を受け止めるには、飛来する鎌の軌道はあまりにも不規則不可解で、片手間で見切ることは不可能だった。
「それならっ!」
ノワールが両手を天に向けた瞬間、幻剣の豪雨が天から降り注いだ。
「えっ!?」
右手の鎌でノワールを下から斜めに切り上げようとしていたホークロードが、慌てて背後に跳び退く。
幻剣がまさに豪雨のように、ノワールの半径数百メートル余すことなく降り注いだからだ。
ちなみに、飛来した鎌は、幻剣の豪雨によって、ノワールに届く前に地上に叩き落とされている。
一度の跳躍で、幻剣の豪雨の被害範囲から逃れたホークロードが見たのは、地上に突き刺さる無数の幻剣の真ん中に無傷で立っているノワールだった。
「……もう、危ないじゃないですか。マップ兵器みたいな攻撃しないでください」
意味不明なことを言いながら、ホークロードが左手を遠方に転がっている鎌に向ける。
ホークロードの左掌から黒い光の尾が伸びたかと思うと、鎌の柄に絡み付いた。
黒光の尾が鎖に転じて鎌と繋がると、鎌はホークロードの左手へと引き戻される。
「文句を言われる筋合いはない」
ノワールがホークロードを一瞥すると、何の前触れもなく彼女の頭上から幻剣の豪雨が降り注いだ。
「あらら〜?」
ホークロードは低空を滑空するように後退し、ギリギリで幻剣の豪雨を回避する。
「ふん」
今度は背後から、幻剣の豪雨がホークロードを襲った。
ホークロードは空高く飛び上がってそれをかわす。
「空(そこ)が一番の危険地帯なんだよ!」
ノワールが左手で空のホークロードを指差した瞬間、上下左右から同時に幻剣が雨のように降り注いだ。
「あらっ!?」
ホークロードは直前に前方に滑空し、幻剣から逃れる。
「……驚きましたわ、発射位置が自在なだけでなく、複数の場所から同時に放てるのですね? でも、包囲というには不完全で……」
「その通りだ!」
上下、左右、左上右上、左下右下、正面背後、十の方向から同時に幻剣の豪雨がホークロードに降り注いだ。
「あっれえええええええええええええ〜!?」
逃げ場のないホークロードの吃驚の声が響く。
「包囲というには最低でもこれくらいはしなくてはね」
全方位からの幻剣の豪雨の中にホークロードの姿は呑み込まれて消えた。



役目を終えた幻剣が消えると、空には何も残っていなかった。
いや、良く見ると、数枚の黒い布切れが風に流されて舞っている。
ホークロードの洋服の欠片のようだった。
「OH! 木っ端微塵ネ! 呆気ない最後ヨ、HAHAHAHAHAHA!」
バーデュアの独特の笑い声が森に響く。
「……いいえ、バーデュア、まだですの」
「ええ、まだね」
「What?」
フローラとフローライトの否定に応えるように、森の中から一つの影が飛び出してきた。
「もう、お気に入りだったんですのよ、あのコート……」
姿を見せたのは、黒のタイツとブラウスの少女。
つまり、ケープコートを着ていないホークロードだった。
「……包囲が不完全だったか?」
ノワールはホークロードが健在だったことに、大して動じてもいないようである。
「いいえ、完璧でしたわ。でも、所詮はただの剣、一本一本は脆弱……犠牲を払って強行突破させていただきました」
「なるほど……」
その犠牲……失ったモノがケープコートというわけだ。
「では、ここからは本気でお相手させていただきますわね」
ホークロードが極上の笑みを浮かべる。
「ふん、君も変身でもするのかい?」
「まさか、そんな大層なものでは……ありませんわ!」
左足のブーツに埋め込まれた宝石が赤い閃光を放ち、ホークロードを呑み込んだ。
赤い閃光が晴れると、ホークロードの姿形が変貌している。
黒髪は青褐色に変じ、長さもボブカット(襟首の所で切りそろえた髪形)になっていた。
瞳は変わらず赤……いや、より血走った赤瞳になった気がする。
後頭部にあったはずの赤いリボンは、彼女の胸元……ブラウスに蝶結びされていた。
だが、最大の変化は彼女の背にこそある。
彼女の背中には青褐色な一対の鳥の翼が生えていたのだ。
「……変身したじゃないか?」
「いえいえ、違いますよ。まあ、あえて言うなら……さっきまでの姿が変身していたのですわ。鳥が人に化けていたとでもお思いください」
「ふん、なるほど……」
言われてみれば、外見以外にも変化していることがある。
さっきまで『人間の気配』しか纏っていなかった彼女が、今はかなり強烈な『魔族の気配』を放っていた。
「本性……正体を現したというわけか……」
「ええ、飛翔族……今では激レアな鳥型の獣人ですわ」
ホークロードの背中の翼が羽ばたき、彼女の体が僅かに浮かび上がる。
「絶滅危惧種といったところかな……? それよりも、やけに魔の気配が強すぎることの方が気になるけどね……」
「獣人も広義な意味では、元を辿れば魔族、魔物ですもの……さほどおかしなことではありませんわ。まあ、基本的に今時の獣人はわたくし程の魔の波動は持たないでしょうけど……」
ホークロードの両手に再び鎌が出現した。
「では、参りますね〜!」
ホークロードは超低空飛行で瞬時にノワールの眼前へと間合いを詰める。
そして、そのままノワールの胴体を二つの鎌で両断しようとした。
ノワールは背後に跳躍し、ギリギリで双鎌(そうれん)の交差から逃れる。
まさにギリギリだったことを証明するように、彼の胸元の衣装がバツの字に切り裂かれていた。
「逃しません!」
再度、超低空を飛翔して突進してくるホークロードの双鎌の柄が伸びる。
大鎌の長さになった鎌が、今度こそノワールを切り裂こうと、袈裟と逆袈裟から振り下ろされた。
「ちっ!」
肉の裂かれる音と血の噴き出す音が響く。
ノワールは浅く両肩を切り裂かれながらも、さらに後方に跳び逃れていた。
ノワールは痛みも、流れる血も気に止めず、幻剣の豪雨を放ち反撃する。
「うふふっ」
双鎌が刃まで伸び出し、完全な大鎌と化すと、ホークロードは二つの大鎌をそれぞれバトンのように指で器用に、己の前面で大回転させた。
回転する二つの大鎌が飛来した全ての幻剣を弾き返す。
「ちっ……君だって非常識な大鎌の使い方するじゃないか……」
死神の持つような大鎌で実際に闘うだけでも非常識なのに、彼女の場合はさらに大鎌二刀流とでもいったさらに非常識な戦闘スタイルだった。
「あらあら、非常識な実力があれば非常識な武器も使用可能になりますのよ」
ホークロードは二つの大鎌の柄先を連結させて、両端に逆方向の大鎌の刃が生えた非常識な長柄武器を作り出す。
ホークロードは両斬刀ならぬ両斬鎌(りょうざんれん)とでも言った武器を己の頭上で両手で大回転させた。
「それええっ!」
ホークロードは回転させていた両斬鎌を回転の勢いを利用して、前方……ノワールに向けて両手で投擲する。
超高速回転し、まるで円月のような刃と化した両斬鎌が、ノワールの胴体を両断しようと襲いかかった。
「つっ!」
ノワールは反射的に跳躍して、両斬鎌をかわそうとする。
「インペール・フェイタルクロー!」
両斬鎌を跳躍したノワールの腹部を、いつの間にか間合いを詰めていたホークロードの右手が貫いた。




















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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